御坊寺内町は鷺森の有力な後援者佐竹伊賀守の尽力で、文禄4年(1595)薗浦と島浦の荒地四町四方を得、日高別院を建立したのがはじまりです。この前身となったのが古寺内(ふるじない)にあったとされる薗坊舎です。
江戸時代に入ると、別院は西に向かう比井街道の起点に加え、東に熊野三山参詣道の紀州街道が通る要地として、日高川河口を利用して廻船業がおおいに栄え、坊舎周辺には蝋燭(ろうそく)・酒・木材問屋や綛屋(かせや)・油屋・旅籠(はたご)が軒を並べました。明治・大正以降は白浜温泉を開発した小竹岩楠、御坊に戸田銀行・日高紡績を起こした戸田実が出て、地を生かした水力電力や紡績・製材業が盛んとなり、和歌山につぐ商・工業都市として発展、町並みも寺内町をベースに現在に見るような近代風の町に変わってきました。この地方一帯は、醤油・味噌の発祥地とも言われ、今は、伝統を生かした金山寺味噌・醤油やなれ寿司が作られ有名です。